リトリート×仕事で、めっちゃ遠くまで行ってみた その③海辺の仕事と閉塞感

「リトリート×仕事」、4泊5日の「福岡編」の第3弾です。

◆第1弾◆福岡に出発するに至った経緯はこちら
リトリート×仕事で、めっちゃ遠くまで行ってみた その①環境の選定、そして距離

◆第2弾◆非日常ハウスで「仕事」について考える2日間はこちら
リトリート×仕事で、めっちゃ遠くまで行ってみた その②働くって、なに?

リトリートとは、「隠居・避難」「隠れ家・避難所」の意味を持つ言葉です。またデジタル大辞泉によると、リトリートとは「仕事や家庭などの日常生活を離れ、自分だけの時間や人間関係にひたる場所などを指す」とのこと。

この「日常生活を離れ」という文言からは、ともすれば「単に山や海・高原などの施設に行くことが目的」と解釈をしてしまわれそうですが、リトリート環境で仕事の成果を出そうと思うなら、その考えはいったん捨ててください。単に自然に囲まれることで生産性が上がるというほど、リトリート×仕事は単純ではありません。

柔軟に!
既成概念を捨てて!
仕事を面白くするために体を張る!

今回も、様々な角度から「リトリート×仕事」を検証してみたいと思います。

心の求めることをしてもいい

3日目。早起きをして部屋で軽く朝食を食べ、少し読書をします。PCを立ち上げると「仕事モード」になってしまうため、それは午後に回すことにして、ゆったりした時間を過ごしました。

「最近、読書はもっぱら通勤途中でしかしていなかったな…」

小さいころから読書好きだった本田は、買った本や、図書館から借りてきた本をまさに「むさぼるように」家で読んでいました。時間も忘れ、文字通り本の世界に没頭した甘くやさしい記憶。しかし、最近はそんな読書体験をしていません。日常はあまりにも慌ただしく、読書とは「隙間時間に、その隙間に合わせてするもの」に成り下がっています。

しかしリトリート先では、「急な連絡で中断されること」も、「あと2駅だからこの章までにしておこう、と区切ること」もありません。自分でストップをかけるまで自由に読書をしてもいい。そう決めたら、読んでいい。

それは、当たり前のようでいて久しぶりの、素敵な体験でした。

心が求めたらそれをしてもいいという、呼吸と同じくらい大切なことを、人はどうして勝手に制限してしまうのでしょう。

ストレスが溜まると、息が詰まる。視野が狭くなると、逃げ出せなくなる。それを「弱さ」と言ってしまえばそれまでですが、呼吸も、逃避も、そしてそれをする自由も、生命維持には必要なことなのです。

呼吸も逃避もできていて、ある程度自由に生きている本田ですが、リトリート先では、そんな私にすらまだたくさんのブロックがかかっていることに、毎回気付かされるのです。

(ちなみにこの朝に読んだのは、いとうせいこう・みうらじゅん「見仏記7」と、外山滋比古「思考の整理学」です。後者は20年ぶりの再読でしたが、学生時代の私に「もっとキチンと読んでおけ!」と指令を出したくなるほど、改めての刺激を受けました)

海へ向けて出発!

2時間ほど読書をして、予定通り「海の見えるコワーキングスペース」へ出発します。歩いても行けそうでしたが、体力温存のためにJRにひと駅だけ乗車。電車を降りると海の香りがします。日頃海とは無縁な生活をしているため、そのしっとりした香りから、自分を取り巻く環境が一気に変わったことを肌で感じました。

そして小径の先には、いよいよ海が…

今回おじゃましたのは、福岡市西区にある「海辺のシェアオフィス SALT」さんです。本当に海辺に建っているオシャレなビル見て、(海を見ながら仕事するの、生まれて初めて…)と、少しそわそわします。

受付を済ませます。

そこには、1カ月前から私がフワフワとイメージしていた通りの光景が広がっていました。
(ここの会員さんたちは、なんと贅沢なんだ!)(見てください!私のSarfaceの気持ち良さげな様子を!)

テラスに座ってみて驚いたのは、見た限りまったく荒れていない海から聞こえてくる、波の音のボリュームでした。想像以上の大きさの、「ザザン…ザザン…ザザン…」というエンドレスBGMが、「海を見ながらの仕事ステキ!」というミーハーイメージを吹き飛ばす勢いの音量で全身にぶつかってきます。

新しい環境に身を馴染ませようと思い、少しの間、波の音に集中します。眼を閉じると、波音がますますリアルに体内に響き始めます。耳で受け取るというより、体内に直接振動として伝わるのです。(こ、これは…)

お寺で大音量の声明に全身を委ねているときのように、波音のうねりに飲み込まれそうでした。俗にいうところの「トランス状態」です。もっと俗な感じだと「グルーヴ感」、とにかくその、うねりのある音の波状攻撃に「ひゃっはあー!」と脳の奥底の誰かがテンションを上げてくる感覚…

これは、なかなかに自分を原始に戻すな…

大音量の波の音と仏教の声明の共通点は、音の規則的な抑揚と、それが人にもたらす麻薬的な快感である。ということを確認し、PCを立ち上げて現実世界へ戻ります。

宗教には音楽がつきものですし、一体感を求める深夜のクラブでは会話が不可能な音量の音楽が流れていること、そしてエンドレスの一定不変の音はときに洗脳にも有効であることなどを考えると、なんらかのサウンドが脳にもたらす影響は、予想をはるか越えるものなのでしょう。

リトリート先ではどうしても「静寂」を最優先にしてしまいますが、日頃から無音の室内よりも雑踏のカフェの方が仕事がはかどる私のようなタイプには、自然の音を取り入れることによって、リトリート状態への着地がスムーズになることを実感できました。

やっぱり海辺でのリトリートは効果がある!

こなす業務にこそ、海辺はマッチする

その日は、遅めのランチを食べに外へ出た以外は、19時のクローズまでずっとコワーキングスペースで仕事をしました。

午後は海風が強くなってきたので室内に移りましたが、波音は充分に聞こえるし、充電もできるし、まさに理想的な環境です。

今回の「リトリート×仕事」には、ライティングに限らず、いつも以上にクリエイティブ要素の強いタスクを用意していました。それが環境にジャストにはまり、気が付いたら夕方…

コワーキングスペースでの仕事はクリエイターの特権のようなイメージを持たれますが、波の音の聞こえる場所で1日仕事をしてみて気付いたことがあります。それは、このような環境での仕事は、創造性の高い仕事に限らず、「こなす業務」にこそ向いているのではないか、ということです。

極論ですが、本当に創造性の高い人や、パッションでアウトプットが進む人は、どんな場所であってもスイッチが入ることによって一心不乱に仕事に集中できます。しかし、そうではない業務…たとえばデータ入力や、延々と表計算をするようなタスク、また工場のような繰り返しの単純作業こそ、その集中力と生産性を高めるために、自然に囲まれていたり波の音・川のせせらぎが聞こえるような環境で働くことが求められるのではないか?という仮説が立ったのです。

また「正直、面倒だな…」と思う資料作成、ひたすらデータを集めるマーケティングの下調べ、請求書作成などの、気が乗らない業務も、リトリート先での仕事にマッチしそうです。

そう思ったのは、数時間仕事をしてみて「まったく疲れない」ということを再確認したからです。リトリート×仕事では、毎回疲れない自分に驚きますが、今回は特に「もうクローズか」と感じるほどに、脳がノッたままタイムリミットを迎えました。

「閉塞感」を取り除け!

長時間労働やメンタル悪化が取り上げられる現代の働き方。

改革が叫ばれ、また社員のエンゲージメントの低さが問題視されていますが、働く側からすると「8時間(プラスアルファ)仕事をすること」自体に閉塞感とストレスを感じており、単に時間短縮がなされたとしても、労働時間内にある「押し込められて息ができない」感覚が取り除かれない限り、制度を作った側の自己満足に終わってしまいます。

目を向けるべきは、仕事の外側(働きすぎ時間のカット・余暇の充実・家事との両立)ではなく、仕事の内側ではないでしょうか。

たとえ仕事の内容が「面倒さ溢れるデータ入力」であっても「眠さを誘発する議事録作成」であっても、本当に必要な業務なら処理せざるを得ませんし、また単純作業であっても精緻な結果を求められる仕事もあるでしょう。だからこそ、その仕事たちを行うことで「疲弊しきって」帰宅し、心身ダメージを回復させるためにさらに時間とお金を使うという悪循環を正すことが、求められるのではないでしょうか。

リトリート×仕事に取り組むようになってから、仕事の進め方に関して様々な気付きがありました。

・同じ時間、同じ内容の仕事をしていても、オフィスで行うより絶対的に「疲弊しない」
・集中力が上がり、単純作業を行ってもリズムに乗れる。結果ミスが減り、作業が「楽しく感じる」
・時間に管理されるのではなく、「与えられた時間を自分で管理している」感覚が生まれる
・時間終了時には「まだやってもいいのにな」という感覚を持つが、予定範囲は終わっているので気が楽

これらの効果は、好きな時間に仕事をするフリーランサーや、ノッてきたらエンドレスに仕事ができるクリエイターよりも、組織のルールに則り、時間管理されて働く一般的な会社員にこそ必要なものです。

面倒だなと思うやらされ仕事でも、眼を上げると海や森林があり、耳からは波の音、川のせせらぎや鳥の声が聞こえる。浅かった呼吸は深くなり、脳に酸素が行き届き、集中力が高まる。そして「疲れずに・時間内に終わる」ことで、その後にプライベートタイムに体力の余裕を残すことができる。ステキですよね。

あなたのスイッチ、錆びていませんか?

今までのリトリート×仕事は、どちらかというと「感覚」に向かってセッティングしていたため、仕事の生産性についてリアルな計測をしたことはありませんでした。

しかし今回は、持参したタスクが異常にはかどったことから、「定量的に生産性が計測できるデスクワーク」の方と一緒に行ってみたい!という気持ちでうずうずしています。

まだ組織でリトリートに参加できる文化はでき上っていないため難しいかも知れませんが、個人で資料作成を請け負っていたり、リモートワークでデータ入力をしているような方となら、一緒にリトリートに行けるのではないか??と、妄想しています。

個人にも、会社にも、訴えたいこと。

働く人たちは、「規定時間の内の仕事で、疲れないことの重要性」を、もっと直視した方がいい。

エアコンも、スイッチを切ったり入れたりすることで無駄なエネルギーを使います。疲弊するまで振り切って働き、大枚かけてリゾート地に行く、という既存スイッチは、すでに錆び付き始めていますし、そのスイッチの価値にうっすらと疑問を抱いている人も増えてきています。

今回の「リトリート×仕事」では、「リトリート先に自然があることだけが重要なのではない。そこでする仕事の価値が上がることが、最終的な目的だ」という基本的なミッションに立ち返ることができました。

福岡、サンキュー!

お読みいただきありがとうございました。
海辺リトリートに味をしめた本田は、この夏のうちにもう一回実施してみようと画策中です。

リトリート×仕事は、モニターを募集しております。ご興味ある方は、一度お問合せください。
連載はまだまだ続きます。引き続き、お読みいただけますと幸いです。

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